「あなた。いったいどうしたら良いの」
西森正樹には、妻の優梨子の困惑が痛いほど判った。

「お母様、どうしたら満足していただけるのか、
もう判らないわ」
申し訳ないと思う気持ちが、正樹を俯かせる。
仕事に託けて、老いた母の面倒を全て任せているのだ。
正樹の母、小雪は要支援1の認定を受けている。
地域包括支援センターに相談し、様々なディサービスを受けた
こともあるのだが、いずれの施設も母は一度だけで行くのを止め、
二度目が無かった。
皆で集まって,お遊戯やら童謡を歌うのが嫌で嫌で仕方ないと言う。
それならば、と完全介護タイプの老人ホームの見学会に行かせたのだ。
が、母は10分と経たずに帰ってきた。

今度ばかりは、一言いわなければ気がすまない。
正樹は母の居室に向かった。
母は、ちんまりとテレビの前に座り、茶を啜っている。
二度と再び行くものかという決意がその小さな背中に満ちている。

「母さん」

「おや、お帰り正樹。早かったね」

「早かったねはこっちのセリフだよ。なんだよ、逃げたりなんかして」

どうやったものか小雪は座ったまま、膝でにじにじと方向を変えた。
ぴたり、と正樹の正面に向き直ると、彼が一番苦手な顔を見せる。
『苦労して育てた息子に何でこんな仕打ちを受けなければならないのか』
といった顔である。
その顔をみせながら皮肉をたっぷり言い始めるのだ。