「さっき抽選券配り終わったとこさね」

八代は自慢気に券をちらつかせながら笑った。

「もうダメすかねぇ?」

「うーん、無理だろうねぇ」

「ちぇ、少しぐらい融通してくれても良いのにな、あの店員」

「はは、そりゃ無理だよ。あたしゃちゃんと普段から店員に餌をまいてるからね」

有田は深い溜め息をついて列を離れた。

「しゃあない、せめて珈琲でも飲んでいくか」

馴染みの喫茶店に足を向ける。
店に入った途端、有田は驚いた。
いつも温厚なマスターが店員の留美ちゃんを叱りつけているのだ。

「あれほど言ったでしょうが。
せっかく釣ったのに。
魚は餌をやらなけりゃ死んじゃうんだよ」

またか。
何だってんだ、今日は。釣った魚に餌をやらない日なのか。

有田は、すっかり珈琲を飲む気も失せ、家に戻ることにした。

マンションの管理人が玄関ロビーにある水槽に餌を入れていた。

「魚は餌をやらないとな。あ、有田さんお帰んなさい」

「あ、ども」

ここもかよ、有田は何だか薄気味悪くなってきた。

自宅の玄関を入る。
妻の早智が相変わらずの笑顔で出迎えた。


(そう言えば、結婚してから何一つ買ってやってないな)

今更ながら有田は、妻の笑顔をしみじみと見つめてみた。

「なによ」

「餌か…」


「はぁ?」

居なくなったら困るだろうか。
有田は自分に問い掛けた。