「そして出来たのがこの糠床なの。もちろん、お義父さんは
喜んで食べたそうよ。これは婆さんの味じゃ、そう言って
ボロボロ泣いていたって」

「へぇー…じゃあ、私らもその家に行って糠床を作れば
これぐらい美味しいのができるのかな。ねぇ、遥架さん」

「だよねー、ろりちゃん」

いぶは大事そうに糠床を片付けながら、困った顔つきで言った。
「それがね。駄目なの。」

「えぇーなんでですか。」

「もう、その家には行けないの」

「その、よ~さんとかに頼めば」

「今年の春、亡くなられたのよ。無理してたのね、
突然脳梗塞で…旦那さんがこの糠床を持ってきて
くれてね。これが出来たとき、あいつは泣いて
喜んだ、そう言って渡してくれたの」

静まりかえる店内に皆のすすり泣きだけが聞こえていた。
突然、その静けさを破るようにポリポリと音がする。
志雄が、よ~の糠漬けを食べている。

「ほんとだ。美味しい。…明日、ちょっと故郷へ帰ろっと」
そう言い残して店を出て行った。

「不思議でしょ、これ食べると必ず故郷へ帰りたく
なる人が居るの。よ~ちゃん、なかなか帰省できなかった
からねぇ…よ~ちゃんの帰りたい気持ちが一緒に
漬かってるのかもね」

一層、静かになった店内に鼻をすする音が聞こえてきた。
それは、カウンターの下から聞こえてくる。

「あ。熊っ!あんたが泣いてどうする。さ、みんな、お昼ご飯に
しましょう。今日は、いぶまま特製のチキン南蛮よ」

わぁっ!と歓声が起こった。

「熊、あんたの分はあとで」
熊一人が溜息をつくのであった。