「あのーっ!すいません、ちょっとイイっすか」
併走しつつ、まじまじと観察する。
やはり、これと言ってどうという所も無い極めて普通の男性だ。
自転車にバックミラーを付けている点が変わっていると言えるかもしれない。

男は昼寝中の鯰のような顔だった。

「なにか?」
汗を拭きながら、かすれ声で返事してきた。

「いや、大した事じゃないんです。おかしな事を言うと警戒されるかもしれないんすが、どうしても気になって…」
私も息が上がっていたが、なんとかそこまでは訊けた。

「はぁ…?」

「なんでいつも立ちこぎなんですか」

男が、なんだそんなことか、と唇を動かす事も無く呟く。

「逃げてるんだよ」

「逃げる?」

しばらく進むと、男は立ちこぎを止めた。

「よし、逃げきれた」

どうやら立ちこぎ区間が決まってるらしい。
今までは、そこまで追いかけた事など無かったから判らなかったのだ。

男は先程とは打って変わって、ゆっくりと自転車を進めながら私の疑問に答え始めた。


「あそこにね。鉄塔があるだろ。高圧線の」

「ありますね。道沿いに二本」

「あの間だけは急がないと駄目なんだ」

三へ