「あなた。また良太がケガしてる」

仕事から帰ったばかりの香織の言葉に、啓吾は眉をひそめた。
俺は仕事で疲れて帰ってきたんだ、面倒な事は今度にしてくれないか、
明らかにそんな意味を含んだ表情だ。

「こけたんじゃないのか」

「違う。苛められてるのよ。腕にバカ、なんて切り傷がつく
ケガなんて無いわ」

「…良太は。どうしてる。何て言ってるんだ」

「言おうとしないの。部屋にこもったきりで。お願いよ、あなた
父親でしょ。話を聞いてあげてよ」

やれやれ、とりあえず部屋の扉でもノックしない事には
晩飯にもありつけないようだな、見事なぐらいの仏頂面で
啓吾は良太の部屋に向かった。

『無断進入禁止』
そのプレートの真下を叩く。

「良太。父さんだ。入るぞ」
返事が無い事を承諾と解釈し、啓吾は扉を開けた。
目の前に現れた光景に、啓吾は一瞬呼吸を忘れた。

良太が手首を切っていた。

悲鳴が聞こえた。それが、自分があげているのだという事に、
啓吾は気づかなかった。

幸いにも良太の傷は命にかかわるほどでは無かったが、
担当医に説明を受けた啓吾と香織は、意外な事実を
告げられた。
「息子さん、今回が初めての傷じゃないですね。
少なくとも、4度。切創があります。それと…
体中に打撲傷と切り傷があります。これに関しては、
医師としては何も言えませんが、カウンセリングを
受けられた方がよろしいかもしれません」

処置室の白いベッドに横になり、点滴を受ける良太は
中学一年生のわりに、小さい。
子供の頃、重い疾患にかかり、成長が遅れたのだ。
その小さい体に受けた傷と、心に受けた傷。
啓吾には、そのどちらもが見えなかった。