意外なことに、その旅館は東京の市街地にある。
こんな所にこれほどの古い木造の旅館が、と
思わせる場所である。
今現在でも営業している為、詳細は書けない。
あくまでも噂話としてここに記すのみだ。

古びているとはいえ、手入れは行き届いている。
それがかえって情緒深く見え、客は絶えない。
全室、良く見かけるような和室の部屋だ。
畳の部屋の窓際のみが板の間である。
ゆったりとした椅子が二脚、ガラスのテーブルを
挟んで向かい合わせに置かれている。
一室だけ、この窓の手すりに変わった材が
使われている部屋がある。
そこが噂の部屋だ。

橋の欄干をそのまま使っているのだ。
震災直後のどさくさに紛れて、業者が
適当に持ってきたのだという。

その部屋に泊まった客が、夜中、ふと目を覚ますと
その手すりに黒い物が絡まって風に揺れている。
おや、手ぬぐいでも取り込み忘れたか、と
近づくが、無論手ぬぐいなどではない。


ラストへ