先生と十兵衛は、最初に話し合った古寺にいた。

「十兵衛様、もう行ってしまわれるのですか。」

「あぁ。柳生の家が危ないらしいよ。あんなつまらん家でも
守らなきゃならん。親父殿も困ってるらしい。」

「また会えますか。」

「何を言ってる、猫殿。約束を忘れたか。いいか、聞いてくれ。
俺の胸には、いつも冷たい風が吹いていた。
胸の中に居る俺は、その風を正面から受けてきた。
たぶん、これからも今までと同じぐらい、いやもっと冷たい風が
吹くかもしれん。」

けれど、と言いながら十兵衛は己の左肩を指差した。

「猫殿。これからは、ここにお主がいる。」

「十兵衛様…」

「十さん、でいい。俺も先生、と呼ぶ。それが助っ人料の替わりだ。」

「はい、十兵…いや、十さん。」

「それで良い。最早行く。また会おう、先生」
言い置いて背中を向ける。
そのまま振り向かず、風を背中に受け、十兵衛は去った。

先生とは二度と会うことなく十兵衛は次の年、短い生涯を終える。



つくね家の屋根で居眠りながら、イブは十兵衛のことを思い出していた。

本当に風が似合う人だった。
生きているはずが無い。
だが、今この瞬間、目の前に現れる気がする。

「待たせたな、先生。さぁ、俺と海を渡ろう。」

そう言って、あの太い笑みを浮かべるに違いない。

そしたら私は十さんの肩に乗って、世界中を旅して廻るんだ。


蝋梅が香る風にヒゲを任せ、イブは今しばらく想いをはせるのであった。