一週間が経った。
重蔵は、少年だった頃に父から教わった事も思い出していた。
バナナに蜂蜜を塗って与えると良い。
卵が産まれたら、一つづつ分けてワンカップの瓶で飼育する。
あまり、しょっちゅう水を与えない。

カブトムシを前にする時の重蔵は、まさしく十歳の少年であった。

その朝の手入れを終えた時、電話がかかってきた。

大阪に居る息子からだった。

『父さんかい?裕之だよ。元気かい』

「おぉ、裕之か。俊樹は元気か?あのなぁ父さんな、カブト…」

『ごめん父さん、今からみんなでディズニーランドに行くんだ。お盆には帰れそうに無い』

重蔵の視線の先に虫カゴがある。

「父さんな、俊樹にカブトムシを」

『えぇ?良く聞こえないよ、あ、もう行くね。ごめん父さん、母さんによろしく』

電話が切れた。
そのまましばらく、耳から離さずに重蔵は言った。

「俊樹くんにカブトムシをあげたかったんじゃが…」

その夜もカブトムシはガサゴソ動いていた。

重蔵は暗い部屋の中でカブトムシをじっと見つめている。

ぼそりと言った。
「名前、つけてやろうかな」

雄には、ケンタと付けた。昔飼っていた犬の名前だ。
雌はチャコ。
妻が可愛がっていた猫の名前だ。

名前が付いたことで、カブトムシは重蔵の家族になった。

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