飯島さんが一人暮らしを始めた頃の話。

彼女の実家には両親と祖母の三人が暮らしていた。
祖母は認知症が進行しており、
飯島さんは時折電話をかけては様態を確かめていたという。
その日も、いつものように電話をかけた。

『きゃはははは』

全く聞き覚えの無い笑い声がひとしきり続いた後、電話はぷつりと切れた。

「なによ。なんなのよ、いったい」
少し蒼褪めながら、もう一度電話を掛け直した。
受話器の向こう側は静まり返っている。
いや、正確に言うと、遠くで誰かが歌っていた。
その歌声は先ほど笑っていた女のようだ。
今まで聞いたことの無い奇妙な言葉を異様な旋律に乗せていたという。
歌声は徐々に近づき、同じ旋律を繰り返し歌い続けた。
そして再び、電話は切られた。

何が起こったのか判らぬまま、飯島さんは三度かけ直した。

「はい、飯島でございます」
いつものように母親が出た。

「母さん、今の人だれ?」

「なぁに?今の人って」
狐につままれた面持ちで、飯島さんは電話を終えた。

翌日。
不安を解消できないまま、飯島さんは実家に帰った。
母が笑顔で出迎えた。
家の中も普段と変わらぬ様子である。

(おかしいわね、昨日のは掛け間違いかしら…)

自分を納得させようとした飯島さんは、次の瞬間、総毛だった。

祖母が歌を口ずさんでいる。
それは、昨日の女が歌っていた歌だった。
あの歌は何なのか、母に尋ねようと台所に向かう。

鼻歌が聞こえる。
母も同じ歌を歌っていたという。