「あなたの前だと、あたし、娼婦だってこと忘れられるの。
あたし、あなたの恋人で、お姉さんで、母親で居られる。
本当のあたしで居られるの。
好き。死ぬほど好き。こんなにも人を好きになれるなんて知らなかった」

竜司の腕の中で、志乃は溜まっていた想いをうわ言のように話し続けた。
竜司は、志乃の髪を撫でながら優しげに肯く。
今この瞬間、この世が壊れてしまっても構わない、
志乃は本心からそう思った。
その想いは竜司も同じであった。


皮肉なことにその願いは、ある意味で叶おうとしていた。
昭和十九年、徴兵事務の特例に関する件により、
徴兵年齢が一歳引き下げられたのだ。
三度訪れた竜司は、志乃の手をそっと握りしめ言った。

「必ず生きて帰って、迎えに来ます」

志乃は黙ったまま、肯くしかない。

何度か手紙が届いた。
検閲を通って届けられた手紙である為、近況を知らせた内容でしかない。
それでも、文の最後に添えられた
「必ず迎えに行きますから、それまで御身体を大事に」
という一節が志乃の宝物になった。