市岡は鼻に自信がある。
調香師とまではいかないが、匂いだけでその人間を言い当てることができた。

赤ん坊はミルクの匂い。
甘く柔らかく、体を包む。

少し大きくなると、草いきれや太陽や汗の匂いがする。

年頃の若者達からはコロンやパヒューム、吸い始めた煙草の匂い。
昨日の夜の匂いを引きずって歩く者もいる。

中年男からは加齢臭。

それら全てを嗅ぎ分けるのみでは無い。
その人間の普段の生活や、現在の体調、病気の有無までも判ってしまうのだ。

市岡の仕事はそれを利用している。

彼の仕事は、人混みの中を歩きながら、死の臭いを嗅ぎ分ける事から始まる。
癌患者が持つ独特の臭いとかでは無い。死が近づいた人間は、何故だか線香の臭いがするのだ。
如何に元気そうに見えても、ふと線香の香りが漂うのである。

それは、どの年代においても同じであった。

市岡は、その香りを漂わせている人間を発見すると、密かに後をつけた。

業界でもトップの成績をキープし続ける秘訣は、この嗅覚にあった。

他の者も同じような嗅覚は有るが、市岡のそれには到底及ばないのだ。

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