けれども、その夜は、菩提樹の下に一匹の犬がいた。

よぼよぼの年老いた犬は、樹を見上げるのがやっとの様子だ。

息も荒く、目もあまり良くは見えないようだった。

長い旅を続けてきたらしく、足はぼろぼろである。

首には古びた首輪があった。
今にも千切れそうな首輪を愛おしむように、ゆっくりとゆっくりと首を掻いている。


その様子をじっと見守る者がいた。
一匹の黒猫だ。
猫は、思いきって老犬に話しかけてみた。

「じっちゃん。葉っぱを待ってるのかい」

老犬は、キョロキョロと辺りを見回した。
黒い猫なので、闇に溶けてしまうのだ。

「ここだよ、じっちゃん」

老犬は、ようやく黒猫を見つけ、にんまりと笑った。

「あぁ、そうじゃよ。どうしても叶えたいことがあってのう…」


「ふぅん…そんなに欲しいのって何だい」

老犬は、遠くを見るような目つきで、話し始めた。

「わしはのう、長い長い旅をしておる。もう、五年になるかのう…大阪という所から来たんじゃよ。鹿児島という所に引っ越したご主人様に逢いたくてな、預かってくれた家を出たんじゃ」


三へ