神話の町・島根県東出雲町に、いつものように静かな朝が訪れた。
寒さが増した今日この頃、あと数分の温もりが宝物だと、人々が布団から抜け出せずにいる。
しかしその安らかな時は、突然のパトカーのサイレンに粉々に打ち砕かれた。
サイレンは国道9号線を進み、黄泉比良坂で止まった。

車を降りた稗田は、足元のぬかるみを気にしながら現場を目指した。
既に定岡が第一発見者の聴取を開始している。

「定。仏さんは?」

「あ、稗田さん。お疲れ様です。まだ現場ですよ。…少し揉めてます」

「揉めてる?」

見ればお判りになりますよ、と定岡は目を伏せた。
稗田の表情が曇る。
定岡が目を伏せるという事は、状態が良くない遺体があるという事だ。
稗田は、すでに十年以上の職歴がある。
惨い遺体も何度か見てきた。
バラバラになったものや、ほとんど肉塊になったものも、その目で見てきた。
従って、稗田が表情を曇らせたのは、悲惨な遺体を検分する気の重さからでは無い。
有り体に言えば、面倒なのだ。
様々な手続き、それに伴う書類の作成、全てが煩わしくてならない。

署内でスッポンと呼ばれるぐらい、執拗な仕事ぶりを見せていた稗田は、このところ全く精彩を欠いていた。
二へ