「早智、だめ…逃げて、こいつイカれてる…」

男が包丁を振りかざした。
わけのわからない言葉を叫んでいる。
「おまえが綺麗すぎるから俺の俺が魂がっ!
俺だけの人形でいてくれ死ね」
包丁が奈保美の顔を狙っている。
振り下ろされようとしたその瞬間、男の後頭部に灰皿が当たった。
早智子が思い切り投げつけたのだ。

「ぐふぅ…」
笑い声にも似たうめき声をあげると、男は膝まづいた。
その手から包丁を奪い取ろうとして、早智子と男はもつれ合った。
気付いた時、仰向けに寝転がった男の腹から包丁が生えていた。

「早智…逃げて。あたしがやった事にするから。あんたは
これから世界的なデザイナーにならなきゃ駄目な人間よ。
はやく、早く逃げてっ!」

だが既に遅かった。パトカーのサイレンがマンションの下で止まった。
早智子は傷害の現行犯で逮捕された。
男が搬送先の病院で死亡した為、容疑は傷害致死に切り替えられた。
男が執拗なストーキング行為を繰り返していた事、
それに対する過剰防衛であったこと。
普段からの言動を知る者達の証言、そして何よりも奈保美の必死の訴えにより、
早智子の罪は懲役五年の実刑で済んだ。

判決が下された日、奈保美は法廷に居た。
係員の制止を振り切り、大声で叫んだ。
「早智っ!いい?あたしにデザイン画送って!必ず、必ずよ!」

法廷から連れ出されながら、奈保美は深々と早智子の両親に頭を下げた。
彼女はその足で会社に向かい、辞表を提出した。

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