健吾も仏壇の父の遺影を見つめている。
おそらく、その腕に抱かれた思い出も残っていないに違いない。
入学するまでは、父の名前さえ知らなかったのだ。
だが、今、その当時の思い出がありありと甦ったらしい。
ボロボロと涙がこぼれ、まだ食べ終わっていない饅頭を濡らした。

「お父ちゃん、最後まで悔しい、悔しいってなぁ。
空に浮かぶ凧をお前に見せたかった言うてな」

内職で荒れた仁美の手が健吾の頬を撫でた。
健吾は、ざらざらに荒れたその母の手が大好きだ。
どんな綺麗な手よりも、一番美しいと思っている。

「だから、頑張って凧上げしてき。お父ちゃん、空の上で
喜んでくれるはずや」

健吾は、立ち上がると玄関から飛び出して行った。

「車に気ぃつけや」
見送りながら、部屋に戻った仁美は思わず笑ってしまった。

「あのシッカリ者」
健吾は、食べかけの饅頭を持っていったのだ。


青い空に、オレンジ色の小さな点が浮かぶ。
健吾は思い切り手を振った。
父の笑顔がそこに見えたからだ。