その日は散々な一日だった。
何度目かの溜息をつきながら、歩美は部屋に戻った。
昼食の時、ウェイターに水をかけられたのが一番目。
続いて勤務先でのミス、パンプスの踵折れ、そして止めは、
片思いの男性が素敵な人と歩いていた。
何だか、人付き合いそのものが疎ましくなってきた。

こんな日は美味しい物でも食べて帰ろう。
以前、友達から聞いた店に向かう。
その店の目印は熊なのよ、と笑って教えてくれた。

「熊?」

「そう、熊。店の前に黄色い熊の人形が置いてあるの。
それと…まぁ後は行ったら判るわ。あ、言っとくけど派手な料理は無いわよ。
地味な、でも優しい料理しかない」

望むところだ、私に今一番必要なものは優しさだ。
あれかな、と歩美は目を細めた。
50mほど先に、黄色い熊が光っている。
近づいて見て判ったが、どうやら中に灯りを入れているようだ。
熊は、右手にホワイトボード、左手に黄色いチューリップを持っている。
歩美の強張っていた顔がほんの少し和らいだ。

『本日のお勧め。鰤大根、特製叉焼丼、小鍋立て・はっちゃんの湯豆腐』
大きな音を立てる腹を押さえ、
つくね亭、と書かれた暖簾をくぐる。