大阪に向かう途中、向かいのホームに
敦賀行きの新快速電車が停車しているのが見えた。
乗り換え無しで行けるようになったのだ。
俺が学生の頃は、京都から立山という急行が出ていた。
雷鳥という特急に乗れば、30分早く到着するのだが、
乗車賃も高いし、混んでいる。
缶ビールを一本とスルメでもあれば、デッキに座り込んだ
ままの旅もなかなかのもんだ。
母のもとで何日間か過ごし、京都に戻るのは大抵が
夜遅くの列車だ。
駅のホームで母が見送ってくれる。
冬は、風を遮る物が無い為に、かなり寒い筈なのだ。
けれど彼女は、胸の辺りで小さく手を振り、いつまでも止めない。
必ず言うセリフはこうだ。
「危ない所に行かんときや。風邪ひかんようにな」
すまん、おかん。二つとも守れなかった(笑
夜の駅はそれで無くても物悲しい。
しかも、敦賀からしばらく走ると交流から直流へ
変更する為に車内が真っ暗になるのだ。
何とまぁ寂しい列車だ(笑
いつの頃からか、母はホームまで来なくなった。
いや、上がれなくなった。
長年の立ち仕事が彼女の膝をボロボロにしていたのだ。
敦賀駅にはエレベーターもエスカレーターも無い。
母の膝では、ホームへの昇降は至難の業であった。
それでも母は、駅前で小さく手を振って俺を見送ってくれた。
言うセリフも同じだ。
俺が25歳になろうが、30歳になろうが、
「危ない所に行かんときや。風邪ひかんようにな」
いつの日か、娘や息子がこの家から出て行く時が来たら、
俺も言うのだろう。
「危ない所には行くなよ。風邪、ひかないようにな」
多分、小さく手を振りながら。
敦賀行きの新快速電車が停車しているのが見えた。
乗り換え無しで行けるようになったのだ。
俺が学生の頃は、京都から立山という急行が出ていた。
雷鳥という特急に乗れば、30分早く到着するのだが、
乗車賃も高いし、混んでいる。
缶ビールを一本とスルメでもあれば、デッキに座り込んだ
ままの旅もなかなかのもんだ。
母のもとで何日間か過ごし、京都に戻るのは大抵が
夜遅くの列車だ。
駅のホームで母が見送ってくれる。
冬は、風を遮る物が無い為に、かなり寒い筈なのだ。
けれど彼女は、胸の辺りで小さく手を振り、いつまでも止めない。
必ず言うセリフはこうだ。
「危ない所に行かんときや。風邪ひかんようにな」
すまん、おかん。二つとも守れなかった(笑
夜の駅はそれで無くても物悲しい。
しかも、敦賀からしばらく走ると交流から直流へ
変更する為に車内が真っ暗になるのだ。
何とまぁ寂しい列車だ(笑
いつの頃からか、母はホームまで来なくなった。
いや、上がれなくなった。
長年の立ち仕事が彼女の膝をボロボロにしていたのだ。
敦賀駅にはエレベーターもエスカレーターも無い。
母の膝では、ホームへの昇降は至難の業であった。
それでも母は、駅前で小さく手を振って俺を見送ってくれた。
言うセリフも同じだ。
俺が25歳になろうが、30歳になろうが、
「危ない所に行かんときや。風邪ひかんようにな」
いつの日か、娘や息子がこの家から出て行く時が来たら、
俺も言うのだろう。
「危ない所には行くなよ。風邪、ひかないようにな」
多分、小さく手を振りながら。