「十さんは行ったぞっ!姉ちゃんを返せっ!」

「ほほほ。咆えるな小童めが」
布袋が袋の口を開け、例によって風を送り出す。
その風に乗り、紫近がゆるゆると太郎丸の傍に降りてきた。
未だに魂が抜けたような、ぼんやりとした目で太郎丸を見つめる。
太郎丸がその手を引いて境内に戻ろうとした。
それを待っていたかのように、境内に妖しのものが溢れ出た。

「姉ちゃん、ちょっとこっちに隠れてて」
太郎丸が五重塔の階段の脇に紫近を座らせる。

「いくぞ韋駄天っ!」

おんっ!
韋駄天が太郎丸の背中を駆け上がり、斬月を咥え、飛んだ。
しゃぁぁ、と鞘を走る音を立て、斬月が抜かれる。
空中でそれを受け取った太郎丸は、そのまま回転しながら
妖しのものの群れに突っ込んで行った。
韋駄天もその後に続く。
二つの荒れ狂う暴風は留まることを知らずに、次々に
妖しのものを倒していく。
太郎丸と韋駄天が回転を止めた時、そこに立つ妖しのものは
一人もいなかった。

「姉ちゃん、今だ。逃げるぞ!」
声をかけ、手を引こうとした太郎丸は奇妙な事に気付いた。
韋駄天がまだ唸っているのだ。その相手は目の前の紫近だ。
太郎丸は、つなごうとしていた手を刀に戻した。


九十へ