「てんちょ…ただいま」
ボロボロになった美紀が鞄を引きずりながら店に入ってきた。
静香は、その体をしっかりと抱きとめ、頭を優しく撫で続けた。

「へへ、なでなでだ…てんちょ、こ、これっす」
美紀が鞄を開けた途端、店内に香りが満ち溢れた。

「ああ、これは…美紀ちゃん、ありがとう。これで完成よ。
早速届けてくる!」

「い、行ってらっさい。栗どら焼き食べて待ってまふ」

「お茶も入ってるからね。ゆっくりしてなさい。…ほんとにありがと」

「えへへ」

「美紀ちゃん」

「はい」

「このボール取ってこーいっ」
「わふわふわふ 違うーっ!」

あははは、と笑いながら静香は最後の調整に入った。
間違いない、この香りだ。
志乃さんが愛する夫の無事を祈って創り上げた香りだ。
静香は幸せそうに栗どら焼きをほおばる美紀の頭を
撫でると、上田の入院先に向かった。

S.C.U、脳専門の集中治療室で上田は昏々と眠っている。
枯れ果てた体に幾つものチューブが繋がれていた。
見守る家族に事情を話し、静香は出来上がったばかりの
匂い袋を取り出した。
治療室に優しい香りが満ちた。

「上田さん、志乃さんが渡せなかった匂い袋、持ってきましたよ」
静香は、上田の胸の上に匂い袋をそっと置いた。

閉じられた上田の瞳から涙が一粒だけ溢れて落ちた。
「志乃…大好きだ」
それが上田の最後の言葉だった。