数刻後。又佐は憮然とした表情で十兵衛を振り返っていた。
「若。面白い物とはこれですか」

「そうだ。さ、乗れ」

「乗りますが…どう見ても只の舟ですな」

何を今更、と言ったふうに十兵衛が返す。
「そうだ。舟だ。太郎丸、海は初めてだな。
韋駄天は、水は大丈夫なのか?」

舳先にいる太郎丸は、先ほどから笑いっぱなしだ。
韋駄天にも全く怯えた様子は無い。
「韋駄天は川に潜って魚も捕れるんだぜ。こんなデカイだけの
水溜りなんて平気さ」

「それは心強い。では参るとするか。とりあえず、沖まで出るぞ。
又佐、手伝え」

「はぁ…やはり漕ぐのですか…」
又佐は不承不承と言った態で舟を漕ぎ始めた。

「ふむ、この辺りで良いだろう」

「こんな所で泊まってどうなさる」

十兵衛はそれには答えず、沖合いに向かって
大声で叫んだ。
「海坊主っ!居るか?! 俺だ、先生の連れの十兵衛だっ!」

又佐が何事か、と呆れて口を開けている。
その口がもっと開いた。
突然出来た渦の中から、黒い大きな頭が浮いてきたからだ。



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