けれど、十兵衛は動かない。
抜いた刀を構えようともしない。
身動き一つした様子は無いのに、
烏天狗の攻撃は当たらなかった。

慌てて急転し、再び舞い上がろうとした
烏天狗の体がもんどり打って地面に転がった。
右の翼が根元から絶たれていた。

立ち上がろうとした烏天狗の視界に一瞬、光が走った。
それが十兵衛の太刀筋だという事は烏天狗には
最後まで判らなかっただろう。
その時には、すでに首が胴から離れていたからである。

凄まじい剣であった。
血を拭う事すら必要としない。
血痕がつく暇も無いほどの速さであった。

「俺の前で猫をいたぶり、殺そうとすると、こうなる。
…と言っても、もう聞こえぬか。」

猫はその場で身動きも出来ず、十兵衛が
近づくのを待った。
既に体力の限界であったのだろう。

「ちっちっち…」

鼠鳴きをして猫を招く十兵衛には、先程の殺気の欠片も無い。
心底から猫好きなのであろう。
なんと、懐から煮干しを取り出した。

「こんなものしか無いが、食べて元気になれ。」