完璧な絵に、一点の曇りがある。
富士山のちょうど七合目辺りに、何か落書きのような物が
あるのだ。
近づいて目を凝らしてみた。

(これは…人か?)
そこに描かれてあったのは親子連れのようであった。
あまりにも小さすぎて、はっきりとは判らないが、
父親と息子のようである。
仲良く手をつなぎ、父親は息子を見ている。
息子は右手を上げている。

珍しいことだ。
何十も見てきたが、幸田の絵に、このようなものが描かれていた試しがない。
だれかの悪戯か、と考えたが、絵具の質や古び方、そのタッチを考えると、
本人の手によるものであることは確かと思われた。

あまりにも気になったので、私は思い切って番台の
置物婆さんに尋ねてみることに決めた。
とりあえず、コーヒー牛乳を買う。

「…あの、ちょっといいですか?富士山の絵のことですが」

置物婆さんは、先ほどと同じく、ちらりとこちらを見た。
「…なんだね?」
と一言。


四へ