陽菜は防犯ブザーの紐に手をかけながら、振り向いた。

「え?」
誰もいない。

「…誰?」
声が震える。
その時、足元から声がした。

「ここです。あなたの足元に」

陽菜の足元には、妙な犬がいた。

「い…ぬ?犬がしゃべったの?」

「犬なんて騒がしい奴らと間違わないでください。僕は狸。八幡彦平衛、通称ウィルと言います」

狸だから喋っても構わないと思ったわけでは無いが、陽菜はウィルと名乗る狸のあまりにも自然な様子に気を許してしまった。

「彦平衛なのにウィルって…ウィル・スミスのファン?」

「どしぇぇぇっ!鋭いっ!
初めて当てられた」

ウィルは心底、仰天したようだ。

「それで、そのウィルさんが何の用ですか?
わたし、行かなきゃいけない所があるの」

陽菜の問いかけにウィルは、しばらくモジモジしていたが、思い切ったように言った。

「な、何か食べ物をお持ちじゃないですか?
実は、僕、滋賀県に向かう途中なんですが道に迷ってしまって」

「滋賀県…て。ここは岐阜県だよ」

「ぎ…ふぅ?」

「そう。通り過ぎちゃったね。あはは」

どおりでなかなか着かない筈だよなぁ、とウィルは溜め息をついてへたり込んだ。