十兵衛は、又佐というこの老人には頭が上がらない。
幼い頃から激しい気質の持ち主であった十兵衛は、
母の愛情を求める事無く、剣の修練に終日を費やした。
父である柳生宗矩もそれを良しとしていた。
左眼が潰れたのも稽古の際、容赦なく打ち込まれた結果である。
十兵衛はその時ですら、恨み言一つ口にせず修練を続けた。

だが、いくら強く見えても少年が、ただ一人の理解者も無く育つはずもない。
又佐は十兵衛の良い話相手であり、教育係であった。

よっこらしょ、と立ち上がる十兵衛を見て又佐が笑う。
「鈍られましたな、若」

十兵衛も苦笑いをかえした。
「あぁ、この里に戻って、ほんの数日なのに急に歳をとった気がする」

柳生の本屋敷。

十兵衛は叔父の勘右エ門の前で平伏している。
本当ならば、寝転がり、鼻でもほじりながら聞きたいところだが、
それをすると教育係たる又佐に迷惑がかかる。

勘右エ門はイライラと扇子を開け閉めしている。
腺病質の男なのだ。

「何ゆえのお呼出でありましょうや、叔父上殿」

「十兵衛、遅いではないか」


三へ