今日はとても大切な接待がある。

朝から乱蔵は緊張していた。
相手はとても気難しい人間なのだ。
その人は奇妙な癖を持っている。

桐良という名前を持つせいか、言葉に『きり』と付くと大層喜ぶのだ。

その代わり、『くり』という言葉を嫌う。一度でも使うと怒って席を立ってしまう。

気をつけねば、乱蔵は頬を一つ叩いて気合いを入れた。


「お初にお目にかかります。私がつくねでございます。今回、桐良様にお会いできるということで、とびきりの席を御用意差し上げました。どうぞ最後まで思いきりお楽しみください」

桐良の顔が、たちまちほころぶ。
乱蔵に取っては、児戯にも似たことだ。
「今回の席、私、精一杯張り切りまして。一度きり、という約束で店にも無理を言いましてですね、どっきりするような御料理を用意いたしました」

喜色満面の桐良を見て乱蔵は胸中でガッツポーズを取っていた。

「ささ、どうぞ。きりんビールでございます。すっきりした飲み口ですなぁ…」
ふふ。なんぼでも出てくるわい。
『くり』なんて滅多に使うもんじゃないよ。
ほくそ笑む乱蔵の足元にあろうことか、一匹のカナブンが飛んできた。

断っておくが、彼は昆虫の類があまり得意では無い。
熊のくせに。


「わぁっ!びっくりした!しゃっくり出てしもたがな。あ。」

ギロリ、と睨みつけ、桐良は席を立った。

「あ、もっとゆっくりして…いや違う、じっくりと…あぁん違うがな。あぁ…行ってしもた…
これではやりくりできへん。」


がっくり。