緊張するなぁ

使い慣れたミキサー卓の前で、衣音はペットボトルを
飲み干した。
もう何年もやっている事だ、体が勝手に動くと言ってもいい。
だが、今日に限って胸が高鳴るのには理由がある。

衣音が在籍している放送部は、昼休みに朗読の時間を
設けている。
勿論、高校の昼休みに合う本で無ければならない。
個人的に好きだからと言って、勝目梓の官能バイオレンス小説や
友成純一のグチャグチャ血みどろエログロ小説を読むわけにはいかない。
ある程度の長さは必要だが、京極夏彦などを選んでしまうと
三年では足らない。

例えば、今までに読んだ本で評判の良かったものをあげると、
川端康成の『有難う』、中島敦の『山月記』、江國香織の『デューク』、
早坂暁の『公園通りの猫たち』、
バリー・ユアグローの『一人の男が飛行機から飛び降りる』などだ。

何冊も読んでいるうち衣音は、朗読に向く本、そうでない本の
見極めがつくようになった。
そして今日、衣音は一つの賭けに挑もうとしている。

全く無名の男が書いたものを読もうとしているのだ。
なんとなく見ていたDUOBLOGというサイトにそれはあった。
それは、『乱蔵一筆啓上』というブログである。
読んでみると、いい歳を経た中年親父と思われる男性が、
ありとあらゆるジャンルの小説を書いていた。
怖い話、家族の話、笑える話、そして感動できる話。