「お前、デカイ図体してる癖に、なんでそんなに
弱いんだよ」

くぅん、とハッピーは鼻で答える。

「くぅん、じゃねぇよ。俺みてぇに噛みつけばいいじゃん」

動機はともあれ、殴らない人間が側に居るということは、ハッピーに
少しずつ安らぎを与えていた。
刑務所に来て二週間後、犬舎に向かおうとした謙司の前に
少年が立ちはだかった。
「よう。今からワンちゃんのお相手か。楽でいいな」

普段から謙司を目の仇にしている少年だ。
大柄なその体で謙司の行く手を塞いだ。
「ま、おまえもワン公みてぇな野郎だからピッタリだよな」

相手をせず通り抜けようとした謙司の肩が掴まれた。

「待てよ」
謙司の返事を待たず、少年はいきなり殴りかかった。
鼻に拳が当たり、血が噴き出す。

「なにをしている!」

走り寄ってきた刑務官に、謙司が言った。
「ころんで鼻を打ったんす。この人が助けてくれました」

唖然として見送る少年に背を向け、謙司は犬舎に急いだ。
ハッピーは相変わらずベンチの下で寝そべっている。
鼻から流れ出る血を手で拭いながら、謙司はベンチに座った。

「ハッピー、俺はもう喧嘩は止めたんだ。そんなくだらない事に
時間使ってらんないからな。おまえと居る方がいいよ」

寝そべるハッピーの鼻が動いた。
血の臭いが気になるのだ。
ハッピーは、ようやくベンチの下から這い出てきた。
おどおどと尻尾を巻いたままだが、健司の側に寄り、その右手を舐め始めた。