試合当日。啓吾は、チラシを持って良太の部屋に向かった。
「良太。父さん、今日、空手の試合に出る。良かったら、見に来てくれ」

返事は無い。良太は壁を向いて眠ったままだ。
香織がテーブルに朝食を用意していた。

「トンカツでも、って思ったけど」
そう言って笑った。

「頑張って。きっと良太は連れていくから」

香織は啓吾を見送りながら、火打ち石を打つ真似をした。
「どうか御武運を」

良い女だ、啓吾はつくづくそう思った。

会場には、美濃浦と赤井が待っていた。
「太田さん、なんだか良い顔してますね」

「うん。なんだか覚悟を決めてきた顔だな」

「そうですか。師範と赤井先輩の教えてくれた事をやるだけですから」

赤井が緑色の帯を出してきた。
「これ、俺が使ってた帯です。これを締めた試合で負けたこと無いんす」

「いいんですか、そんな大切なもの」

「使ってください。俺、太田さんに勝ってほしいから」
色あせた緑色の帯は、ボロボロだったが啓吾には
何よりも輝いて見えた。

「ありがとうございます。帯に負けないように頑張らなきゃ」

美濃浦が啓吾の手を取って、バンデージを巻き始めた。
「心を込めて巻きますからね」

笑っている。
その笑顔が啓吾の体から緊張を取り去った。

「美味しくなーれ、美味しくなーれ」
「師範、それ違うっすよ」
三人で馬鹿笑いする。会場中の視線を浴びてしまった。