京の市中は祗園祭の宵々山で賑わっていた。
三条大橋西詰めを西に向かって歩き、高瀬川にかかる三条小橋を
越えた場所、そこに池田屋という小さな宿が在る。
元治元年六月五日、ここに三十数名にも及ぶ長州藩の
尊王攘夷派浪士達が結集していた。
彼等が謀議しているのは京の焼き討ちである。
祇園祭前日、風を見計らって京都御所に火を放ち、その混乱に乗じて
中川宮朝彦親王を幽閉し、更には一橋慶喜、会津藩松平容保公らを暗殺し、
孝明天皇を長州へ連れ去るという過激なものであった。
時に声を荒げ、また時に顰め、穏やかならぬ話し合いは続いている。
その謀議が、突然の大音声に打ち破られた。

「主人はおるか、御用改めである」

甲高い大声で呼ばわったのは近藤勇。その手には愛刀虎徹が光る。
呼ばわった時には既に二階へと駆け上がっている。
さして広くもない二階は、たちまちのうちに喧騒の渦に巻き込まれた。
浪士達も応戦しようと試みるが、新撰組の恐るべき剣の前には
成す術が無い。しかも、内偵者が先んじて刀を隣室に片付けている為、
脇差のみで闘うことになった。
新撰組は一人一人の剣技が卓抜している上に、
実戦に則した様々な襲撃方法を
考え抜いた集団である。
歯向かうには、脇差ではあまりにも心もとない。
ニへ