言葉とは裏腹に、一気に間合いを詰めてくる。

突進してくる牙王に対して、先生は一歩も退かない。
頭から突っ込んでくる牙王を何と正面から受け止めた。
牛ほどもある牙王が、ほんの小さな猫にしか見えない
先生を動かすことが出来ない。

押し合いが続いた。
なおも押し切ろうとした牙王の体が宙に浮いた。
先生が、体ごと突込み、牙王の足を払ったのだ。
地響きを立てて、牙王が転げる。
その時には既に先生は空中にいた。牙王の視界からは
消えている。
そのまま、体を貫けば終わる。

だが、何故だか先生は寸前で攻撃を止めた。

「その毛は厄介ですね。さすが狼の主。」
牙王の全身を追おう体毛が、一本ずつ針のように尖り、
恐るべき鎧と化していたのだ。
これでは、体を貫く事はできても、先生も無傷では済まない。

十兵衛もまた、婆の太刀筋に驚いていた。
婆が持つ包丁は、長さはほとんど十兵衛のそれと変わらない。
ただし、峰が分厚く、まるで巨大な鉈のようである。
常人なら持つのがやっと、というそれを婆は軽々と振り回した。

「婆様よ。なかなかの太刀筋。どこかの道場で習うたか。」
それでもまだ、軽口を叩く余裕が十兵衛にはある。

「ふ。痴れ者が。この婆は何百年とこの包丁で人を料理してきた。
侍だけが刀を振り回せると思うてか。」

なるほど、と短く答え、十兵衛は婆が驚く行動に出た。
刀を鞘に収めたのである。
打ち合っていては、いずれ打ち折られるのは必然である。
それを避けた。