「それじゃあ…お腹すいてんじゃないか?」

「あたり。いい?熊さん」

「もちろん。今日は真鯵の味醂干しだよ」
久しぶりのつくね亭の食事をななちゃんは心行くまで
味わった。

「大変だったね。話は聞いてたけど…」
話しかけながら、熊は胸が傷むのを押さえられなかった。
さっきは月明かりの下ではよく判らなかったが、よく見ると
無理矢理作ったような笑顔だ。

「家族は、もっと早く連絡したかったらしいんだ。
けれどお父さんが止めたんだって。大事な公演が始まる、娘の邪魔はしない。
そう頑なに断ったんだって。」

ななちゃんは、ふところから取り出したチラシをテーブルに置いた。
「このチラシを大事そうに抱きしめて、白鳥の湖を聴きながら、
静かに旅立ったって。」

チラシには、弱々しい筆跡で
『がんばれ、なな。父さんの大事なプリマドンナ』と書かれてあった。

「やっぱり美味しい。…ありがと、熊さん。最後の食事、
美味しかった」

「最後?」

「あたし、明日荷物まとめて故郷へ帰ります。残った母のこと、
心配だし。母は、バレエを続けなさいって言ってくれたけど」


最終へ