幸い、手遅れになるような病気や怪我をしている犬は居ない。
これから『HAPPY』が運営している保護施設で手厚い看護を受け、
徐々に体力と人への信頼を元に戻していくのだ。
里親が見つかる犬はまだ幸いである。
中には、施設で亡くなっていく犬もいる。
その度、遣る瀬無い想いと無力感に包まれてしまう職員達を
愛田は叱咤激励した。

「泣く暇があったら、一匹でも多くの動物を救え。
泣くのは里親の役目だ。俺達が流していいのは、
里親が見つかった時の涙だけだ」

そう励ましながら愛田は、この施設を運営し続けている。
もう、何千匹も犬や猫を助けてきた。
もちろん全ての動物を覚えているわけがない。
けれど一匹だけ、どうしても忘れられない犬がいた。

この施設を運営しようと決めた時に、その犬の名前をつけた。

施設を少し離れた小高い丘の上に、その犬の墓がある。
傍らに咲く桜が満開だ。
謙司は、いつものようにその墓の前に来た。

午後7時。
それは、生きている頃のハッピーが散歩に行く時間であった。