幸田自身だという。
幸田と、実の息子である優人が描かれてあるのだと婆さんは教えてくれた。
当時、幸田の家は貧窮を極めていたらしい。
職人気質の幸田は、決して手を抜かない。
いきおい、生活は貧窮を極めた。
妻は体を壊し、一人息子だけが残った。
その息子を何処かに連れていくという
真似ができるわけもない。
銭湯画は、一度取り掛かれば長らく現場から
離れられないのだ。
この富士の湯を描く時もそうであった。
よく、作業場に優人を連れて来ていたそうだ。

ある日、優人が寂しげに言った。
「ぼく、いつか、お父さんと一緒にこの山に登りたいな」

婆さんはそこまで一気に話し、もう一本煙草を咥えると、ホロリと
涙を落とした。
「あたしゃ、それを聞いて泣けてねぇ…。幸田さんに
言ったんだよ。あんた、せめてその絵の中で
登ってみたらいいじゃないか、ってね」

しばらく迷った挙句、幸田は婆さんに深々と頭を下げ、
さらさらと描き足した。


六へ