「お稲荷様の決めたことじゃ、逆らうわけにはいきませぬ。
それに、私がこのまま嫁いだら、親元には金銀珊瑚が届くでありましょう」

「そんなものお前には変えられん。おれと一緒に帰ろう」

男の言葉に尚も泣きじゃくりながら、およねは続けて言った。
「もう遅すぎるのです。この面が外れませぬ。これは、肉付きの面。
二度と離れず、いつかは身も心も狐に変化してしまうのです」

早く逃げて、と男を追い出し、およねの姿は、ふぅわりと消えた。
遠くでコォン、と狐が鳴いた。
気が付いた時、男は森の外に居た。そしてそれきり、二度と社には
たどり着けなかった。
そんな事があってから、村人はより一層、狐を大事にするようになったのだ。


いつものように、ナツを連れて野良仕事に向かう途中、
お稲荷様の前で、小春は村一番の乱暴者である錦三に呼び止められた。
「小春。なぁ、小春よ、今日こそは良い返事を聞かせてくれ」

錦三は、小春の腕を掴むと、いつもの台詞を吐いた。
「俺んとこに嫁に来い、なぁ、不自由はさせんから」

ところが小春は、錦三が大嫌いである。
「嫌だと言ったら嫌。離してよ、あんたに触られるぐらいなら、
蛇に巻きつかれる方がよっぽどましよ」

「なんだと、おとなしくしてりゃいい気になりやがって」
乱暴に引っ張ろうとする錦三が悲鳴をあげて、その手を離した。
見ると、血が流れている。