つくね乱蔵の嫁はん・いぶは朝からバタバタしている。


さぁて、今日は若様と二人きりで旅行やわ。
大変やわ。
熊は仕事やし、娘は留守番を選んだし。
まぁいいわ。
若様と特急に乗って温泉よ~!
ほ~っほっほっほ!
割とハイテンションのまま、特急に乗る。

若様は電車に乗っていれば上機嫌だ。

いぶも久しぶりの遠出に上機嫌である。子連れの旅は大変だが、懐かしい友達の結婚式なのだ。

大切に抱えている包みには引き出物の夫婦茶碗が入っている。

若様はハシャぎ疲れて眠っている。

窓の外を流れる緑が気持ち良い。
いくつかのトンネルを抜けると、いきなり夏の海が見えた。

「おかあしゃん、あれは何」
いつの間にか起きた若様が目を輝かせて窓にしがみつく。

「あれは海よ」

「うみっ!しゅごいね~」

来て良かった、いぶは若様の喜ぶ顔が大好きなのだ。


降り立った駅は、いかにも田舎の風情に溢れていた。

改札を抜けたいぶは、不思議な光景を目の当たりにして固まってしまった。


「おかあしゃん、あれは何をしてるの」
「あれはねぇ……わからんっ!」


直径2mほどの丸印が、白いペンキで地面に描かれている。
全部で五カ所。

その中に村人が立っている。


思い切っていぶは尋ねてみた。

「…あの。何をなさってるんですか」


村人はいぶを見ると、丁寧に教えてくれた。

「この丸印の中だけは携帯が通じるんでがす」


「それ以外は…圏外なんですか」


「あぁ、んでがす。試しにやってみるといいでがしょう」

勧められて、いぶは携帯を取り出した。
とりあえず、新着メールを問い合わせてみる。

全部で12件。
そのいずれもが、乱蔵からである。

『若様は大丈夫?』から始まって、
『電車座れたか』などなど、どうでも良い内容のメールばかりだ。


躊躇することなく、いぶは
『順調』とだけ送り返した。


たまには携帯が鳴らない生活も良い、いぶはゆったりと歩き出した。

その頃、乱蔵は心配で心配で、動物園の熊状態であった。




うろうろうろうろ