さて、それじゃあ今日も行きますかね。
よっこらしょう、の掛け声と共に優子は立ち上がった。

「おばあちゃん、きょうもおべんきょう?」

「そうだよ、おばあちゃん頑張ったからねぇ、いよいよ明日で卒業さ。
さ、鈴ちゃんは保育園だよ」

彼女が向かおうとしているのは学校である。
識字推進ゼミナールと呼ばれるものだ。
実は、優子は文字が読めない。
彼女は幼い頃に両親と死に別れ、伯父に引き取られた。
伯父は彼女を学校に行かせず、店の手伝いばかりさせたのだ。
九九はできるが文字は読めないまま育った。
その優子が何故、今頃になって文字を習おうとしたのか。

五年前。
話すのも苦しい筈の美咲が、優子を枕元に呼んだ。
「お母さん、ごめんなさい。あたし、もう」

「何を言うんだね、美咲ちゃん。あんた、生まれたばかりの鈴ちゃんが
待ってんだよ?たいしてオッパイも飲ませてないのに、勝手に死んじゃってどうするの」

「ごめんなさい、ねぇ、お母さん。一つお願いがあるの」

それは意外な願いであった。
鈴が大きくなったら、絵本を読んで欲しいというのだ。
無論、美咲は優子が文字が読めないことを知っている。
けれども優子は大きく頷いた。
「そうか。そうだね、あたしが読まなきゃね。俊和は警察官だから、
時間が不規則だ。夜、一緒に居るのはあたしだね。
うん、よし。判ったよ、任しときな。明日から学校へ通うから」