そして今夜は、来月の出産を控え、二人だけで食事できる貴重な夜だった。

やきもちか…谷口は笑い飛ばそうとして失敗した。

あまりにも思い当たる事が多すぎたからだ。


香澄は出産を控え、実家に戻った。
途端にジェーンは調子良く走り始めた。

「関係ない関係ない」

とりあえず、走ってくれれば文句なしだ。
谷口はそう自分に言い聞かせた。


その日も彼は調子良く、山道を走っていた。

香澄の実家への近道だ。少し気が焦っていた。予定日が早まり、もしかすると今日明日にでも産まれるかもしれないと連絡が有ったのだ。

折悪しく、風雨が激しくなってきた。
台風18号が接近中とカーラジオが喋っている。


携帯が鳴った。
香澄からだ。

「どした?」

「今どこ…」

「木乃芽峠越えたとこ。もう少しで着く」

「ごめんなさい、急いで…産まれるかも」

「えっ!タクシーは?」

「駄目みたい…町からの道が通行止めで。一時間はかかるって。御近所も土砂崩れを怖がって避難してしまったの」

「救急車も状況は一緒か…」

香澄のご両親は運転できない。
最早、彼が行くしか方法が無かった。

だが、その時、恐れていた事が起こった。

エンストだ。


「おいっ!おい、ジェーンっ!待ってくれ、頼むよ、動いてくれよ」

谷口は必死で頼んだ。

「頼む。俺に子供ができるんだ、ジェーンっ!おまえに家族を乗せて、海や山に行きたいんだよ!」

頼む、動いてくれ、とうとう彼は声をあげて泣き出した。

その時、ジェーンが動いた。
納車時と同じくらい快調に走り始めた。

「ジェーン…ありがとう」

香澄を乗せてからも調子は落ちなかった。

山道を飛ばして、香澄は無事、病院に到着した。


待合室で固唾を飲んで待つ谷口が、初めての我が子に出会えたのは、
到着して三十分後。

3850gの男の子だった。


谷口は、まだ少し風が残る中、駐車場に戻った。

ジェーンに声をかける。

「ありがとう、ジェーン。おかげで俺も父親になれたよ」

思い出したようにボンネットを開ける。

「さてさて、今回の原因は…」

彼は、我が目を疑った。

「まさか。有り得ない」