美奈子は眠い眼をこすりながら坂を下っていた。
昨夜もあまり眠れなかった。
既に三十を越える身の上には徹夜は堪える。

四歳になる明日香が最近、夜になると発熱するのだ。
それでも昼間は元気な為、しばらくは保育園に預けていたのだが、
昨夜はとうとう40度近くまで熱が上がった。
坐薬を入れても一進一退を繰り返し、一向に完治する様子が無い。
夜間の救急病院に行こうかとしたが、明日香が嫌がった。
彼女は小児科の医師に対して激しい恐怖を覚えているらしく、
聴診器すら受け付けない。
さてどうしようと、うつらうつら思案しているうちに夜が明けてしまった。
朝になり、明日香は顔色こそ良くなったが、依然として微熱が続いている。
さすがに今日は保育園を休ませることにし、義母に来てもらった。

「すいません、お母さん。何かあれば直ぐに戻りますから」

「大丈夫かい、あまり無理しちゃだめよ」
優しい言葉に思わず涙がこぼれそうになる。
夫が亡くなってからも、何くれと無く世話を焼いてくれる義母の
気持ちは痛いほど判る。
心底から頭を下げ、美奈子は玄関を出た。

とにかく眠い。何か考える気も起きない。
こんな時、だらだらと続く下り坂は足を運ぶのに適している。
駅から続く坂をすっかり下り切った所に美奈子の勤務先がある。
若者向けの店が軒を並べるテナントビルだ。
その一角を占める雑貨屋が美奈子のバイト先であった。

亡くなった夫の保険金はあるが、それだけでは母娘二人、
遊んで暮らすなど到底不可能だ。
保育園の費用も馬鹿にならない。
働き口を探し回る美奈子に、古い知り合いが声をかけてくれた。
給料は並だが、時間の無理を聞いてくれるのが何よりも
有り難く、美奈子は店に立つことになった。