あのねぇ、と芳子は話し始めた。

久しぶりに出会った相手に対する文句ではない。まるでついさっき別れたばかり、とでもいうようだ。

目の前には草原が続く。先程から私は延々と歩いている。
いつの間にか、芳子が隣に並んで歩いていた。

「昭浩の事覚えてる?」

忘れられるものか。
奴は大事な友達だった。
長い闘病生活の末、病院で亡くなってしまったが、亡くなる前の日、私は彼と電話で喋ったのだ。

「彼ね、亡くなる直前に三途の川を見たらしいよ」

三途の川。
この世とあの世の間にあるという、あれか。

「三途の川は、思ったよりも綺麗でね、まるで南アルプスみたいだったって。思わず足を浸けたくなるんだって」

奴は山好きだったからな、それも無理からぬ事だろう。

「全然怖くないって。どっちかと言うと、渡りたくて仕方ないぐらいなんだって。
向こう岸には今まで見た事の無いような素敵に美しい山が有るの。
これもまた見た事の無い小鳥たちがさえずり、緑の梢で遊ぶ。
この川を渡ったら、あの山に登れる、そう思ったら堪らなくなって彼は足を踏み入れた」

何だか見てきたような口振りだな、芳子。

「あら、あたし見てたのよ」

終へ