二年後、肺炎を拗らせて節子は亡くなった。
その頃には、認知症はかなり進行しており、
時折、静江が誰だか判らなくなっていた。

けれど亡くなる間際、節子は静江を枕元に呼び寄せ、一言だけ言った。

「次もあんたの母さんになりたいな」
その一瞬だけ、節子は母に戻った。
きっと長い間苦労した母に、神様が御褒美をくれたのだと静江は思った。


「こんちは」
玄関先から熊の声がした。

「あ、熊さん。毎年すいません」

「いやいや、これは楽しかったあの時の御礼ですから」

そう言いながら熊が取り出してきたのは、小さな桧の器だ。
熊が丹精込めた料理が盛られている。
節子の命日になると、熊は必ず持ってくる。
仏壇に供え、静江は母の遺影に呟いた。

「あたしも母さんの子供がいいな」

緑輝く紫陽花の葉の上で、葛餅が涼し気に揺れていた。