それは二十年前。

「お腹すいてない?なんかとろうか?」

「大丈夫。そんなにお腹すいてるように見えますか?」

志乃は、胸のときめきを押し隠すのに必死だった。
だからつい、素っ頓狂な台詞を吐いてしまったのだ。
色街は初めてだという青年は、なかなか膝を崩そうとせず、
真っ直ぐに志乃を見つめ、正岡竜司と名乗った。
志乃は、この手の男に特に弱い。

「こんなところ、来ちゃ駄目なんじゃない?」
己を棚に上げ、つい説教してしまう。

「や、先輩に連れて来られたんです。いつかは御国の為に
出征しなければならない身の上だからって。
今のうちに、女を知っておけって言われて無理矢理」

「そう…兵隊さんになるの?」

「いえ、僕はまだ十九です。徴兵は二十歳からですから」
竜司は照れたように頭を掻いた。
袖口のボタンが取れかけているのが見てとれた。

「あら、ボタン取れかけてる。あたしね、こう見えても裁縫は得意なの。
付けてあげるから上着脱いで」

裁縫道具を引っ張り出し、有無を言わさず脱がせた上着に取り掛かる。
汗の匂いがする。
それだけで、志乃の頬が火照った。

「さ、できた。はいどうぞ」
竜司は、手渡された上着を丁寧に畳むと脇に置いた。