杉山は軽々と舞い上がった。
一直線に10階のベランダへ向かう。自分が元居た部屋である。
カーテンは開いていた。ベランダの中から、部屋の様子が伺える。

妻の美鈴がぼんやりと座っていた。
その足元で、積み木で遊ぶのは息子の真也だ。
思わず、真也、とつぶやいてしまった。

「かぁしゃん。カァスさんがいるよ」
真也が杉山を指差した。

「え?まぁ。カラス。何かしら」

真也は、しばらくカラスを見つめていたが、美鈴のエプロンを
引っ張って、こう言った。
「カァスじゃないや。とーしゃんだ」

「なにバカ言ってんの。とーしゃんは、とーしゃんは、
しばらく帰ってこないのよ」
美鈴が必死に涙を堪えているのが杉山には解った。

「でもあれはとーしゃんだ」
真也は、うんうんとうなづき、手を振った。

えらいな、真也。解るんだな。
杉山は、ただいま、とばかりに『かぁ』と一声鳴いた。

「ほら。とーしゃんだ」

「いいから止めなさい。ほら、あんたもどっか飛んできなさいよ」
ほうきで叩かれそうになり、杉山は慌てて逃げた。

悄然としてイブの元に戻る。

「わかんないんですよ、俺のこと」

「奥様にはカラスとしか見えないでしょうね」

「あ、でも息子には解ったんですよ!」

「子供の目には、余計なフィルターが無い。
真っ直ぐに物の本質を見ますからね」

しばらく、この辺りをうろうろしてみます、という杉山に
別れを告げて、イブはつくね家に戻った。
福に今までの事情を説明する。

十へ