「はは、熊のやつ、照れてやがる。あのね、歩美さん。
あいつが人に優しくするのに理由なんて無いんだよ。
強いて言えばそうだな…母親の影響だろうな」

「お母さんの?」

「そう。あいつね、頑なに母親の遺言を守ってるんだぁよ」

「遺言…」

「ばかみてぇに真面目にね。あいつの母親が残した、只一つの言葉。
『人にも飯にも手を抜くな』ってのさ。だからかね、お節介なことこの上無い」

聞いてるうちに、歩美は涙を堪えることができなくなった。
あの朗らかな笑顔の裏には、おそらく壮絶な人生がある。
けれどそれを億尾にも出さず、ただ真摯に料理と人に向かう。
そしてそれを支える奥さんがいる。
共に見守る常連客がいる。

「だから…つくね亭はいつも、暖かいんですね。あたしも常連になれるかなぁ…」

ねこやは、まるで猫がするような猫パンチで歩美の頭を軽く小突いた。
「なに言ってんだよ。この叉焼娘が。わたいの隣の席はね、
わたいが気に入った人間と猫にしか座らせないんだぁよ。
それだけで充分だろ?」

言葉で返すことが出来ず、歩美はただ頷いた。

菜の花は祖母の病室に良く似合った。
祖母もたいそう、喜んでくれた。
母と一緒に、菜の花畑に入り日薄れ、と歌っている。


蕾の花は、必ず咲く。
私もまだ蕾かもしれないけれど、必ず咲くのだ。
歩美は、病院を後にしてつくね亭に向かった。

「お。叉焼ちゃん、まいど」

「こんにちは。叉焼です。御飯食べに来ましたぁ」

そうして歩美は、菜の花のように微笑んだ。