さしもの十兵衛も顔色を変えた。
「…頭領、以前にも思ったが、あんた何者だ。何故それを
知っている。おそらく、それは限られた者しか知らぬはず」

仁衛門はまたもや翁の顔つきで微笑む。
「道々の者の怖さ、おぬしが一番知っておろうが」

道々の者。別の名を傀儡子(くぐつ)。
古来より日本に住み続けた民族とも、ジプシーの流れを汲むとも言われている。
法に縛られる事無く、国から国を自由に往来した一族だ。
この当時唯一の自由人と言える存在である。
だが、法に縛られないということは、即ち命を自分で守らねばならぬ、
ということでもある。

十兵衛は以前、将軍家指南役を仰せつかっていた。
ある時期、江戸城の周りに辻斬りが出たことがある。
父に頼まれ、その辻斬りを切って捨てたところ、それは旗本の嫡男であった。
為に十兵衛は一時、姿を隠さねばならなくなった。
自ずと、関所を外れ、山道を行くこともある。
その折、彼らから並々ならぬ助けを受け、また彼らを助けもした。
正道を外れた十兵衛は彼らに深く愛されたのであろう。

宮本武蔵もかつてはそうであったと聞く。
事実、武蔵自身、旧吉原で寝泊りしていたことがある。


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