ところが、その頼もしさも江梨子が分娩室に入るまでだった。

優樹は青ざめた顔で、必死に江梨子の手を握ることしか出来ない。
とうとうへたり込んでしまった。

今にも気を失いそうな夫の事は見限って、江梨子は下腹部に意識を集中した。

失神しそうな痛みなのだが、不思議と意識は鮮明だ。

赤ちゃんも頑張っている。
あたしも頑張らなきゃどうする!
悲鳴にも似た気合いを入れ、江梨子は踏ん張った。


ほぁぁぁぁ…

優しい泣き声がした。

産まれた。
産まれたんだ。

助産婦がタオルにくるんだ赤ちゃんを胸に乗せてくれた。

涙が後から後から溢れてきて止まらない。
力の入らない腕で、優しく、しっかりと抱きしめる。

「やっと逢えたね」そう言うのがやっとだった。

看護師が優樹に話しかけようとした。

「お父さん…」

「女の子ですね」
優樹が先に答えた。

(なんでわかったんだろ?頭の方に居たし、産まれた瞬間はへたり込んでたはずだ。判るはずないのに)


その疑問は退院の時に最大になった。

タオルにリボンをつけようとした時、優樹が言ったのだ。

「やっぱり」

「何がやっぱりなの?」

実は、と優樹が話し出した。

あの日、帰りかけた優樹の前にどこかで見た事がある少女が現れたのだという。
少女は白いワンピースに真っ赤なリボンを付けていた。

そして一生懸命に手招きしながら、
「早く早く、家に帰って」と叫ぶと、いきなり消えたそうだ。

「そのリボンがこれにそっくりだった。
どこかで見た事があるはずだよ、君に似てたんだ」

江梨子はスヤスヤと眠る我が子に頬を寄せた。

甘い甘い香りがした。

そよ風にリボンが揺れる。

「ありがとう。助けてくれたんだね」
江梨子の頬をつたって、涙が赤ちゃんに落ちた。

お腹から出ても、まだ気持ちはつながっているよというように、小さな手が動いて江梨子の頬に触れた。