本来ならば子では無く児。泣ではなく口編に帝、と書く。

水木しげるの描く児啼爺は柳田國男『妖怪名彙』にそのルーツが見られる。

これよりも更に明確に、その発生地まで特定したのは、
柳田國男の門下生である民族学者・武田明だ。
氏は、『祖谷山民俗誌』の文中で児啼爺の故郷を
阿波三好郡山名村字平と指摘した。
今で言う三好郡山城町上名平である。

この地には現在、児啼爺の石像と記念碑がある。
記念碑の文字は、支援者の一人、京極夏彦の筆によるものだ。

だが、私の今回の旅の目的はこれでは無い。
実際に児啼爺に会って確かめたい事があるのだ。

この辺りにおられると聞いてきたのだが…

あ。赤ん坊が泣いている。

こっちかな…

いらっしゃった。
初めまして。
つくねと申します。

「あぁ、猫又くんに聞いとるよ。インタビューじゃと?」


はぁ、実はですね、私、児啼先生の強さに興味がありまして。
その秘密を御教示願えたらと…


「ふむ。まぁ特別じゃ。実際に仕合うてみなさるか」

よろしいんですか?これは光栄だな。
では参る!


「ほっほっほ。打撃系か、ちょうど良い」


う。来たね、重い。重くなってきた!
よし、作戦開始。

私が思うに、無理に持とうとするから体力を消耗するのだ。
地面に転がって抜け出せば良いのではないだろうか。


「お。寝っ転がって逃げるつもりじゃな。甘いっ!」


あ、あ痛たたた。
ギブギブ!
…ま、まさか腕拉ぎ逆十字とは!

「わしの強さの秘密はこれじゃ。
グレーシー柔術とコマンドサンボを習得したんじゃい」

か、関節技の達人すか。


「次のPRIDEに参戦するつもりじゃ、対戦相手はヒョードルに決定済み」

応援するっす。
ではもう一番!


ついでに言うと、赤ん坊の泣き声に聞こえるのは、
実はキューキューサンダルでした。