「うるさい」
その声に聞き覚えがある。
あの女だ。
どうやって乗り込んだか解らないが、同じ電車に乗っている。
間違いない、あの女だ。
あの目が俺を見つめている。
物凄い力で人ごみを押しのけて女がこちらにやって来る。
どうしようかと迷っている最中に、電車が次の駅に滑り込んだ。
とにかく降りて駅員に助けてもらうのが一番だと決める。
まだだ、まだ早い。
女が徐々に近づいているが、俺はギリギリまで待った。

今だ。
閉まりかけのドアをすり抜けるように、俺は電車を降りた。
上手くいった。
女が悔しそうな顔をドアに押し付けている。
電車はもう動きだしている。
これ以上、どうすることも出来ないだろう。
俺はベンチに座り込んで、ぼんやりと女を見送った。

だが、ほんの10mほど進んで、電車は急停車した。
ドアの隙間から、白く細い物が突き出される。

女の指だ。
女は、緊急停止ボタンを押したのだ。
ドアが勢いよく開け放たれ、再びあの怖ろしい顔が
ぬっと突き出された。

「うわぁぁぁ」
悲鳴を上げた俺を見て、女も異様な叫び声をあげ、
こちらに向かってきた。
俺も飛び跳ねるように立ち上がり、駅の改札口目掛けて
走り出した。
追いつかれたが最後、何をされるか解らない。
わけの解らないまま、鬼ごっこが始まった。