津川君、今日も朝から立川先生宅に詰めている。
今月の新推理界に載る筈の短編がまだ仕上がらないのである。
立川先生は切欠さえ有れば瞬時に仕上げてしまう人であるが、
如何せん、その切欠がなかなか訪れない。
先生の担当者はその間、こうやって田園風景に身を置きながら待つしかない。
津川君、庭の柿の実がいくつ有るかまで判ってしまった。

「先生。庭の柿の木、いくつ実が有るか御存知ですか…」

「今現在、二十と八個だ。ちなみにすこぶる甘くて美味い」

立川先生、ニコリともせず答える。
常々、笑顔を忘れぬ人にしては珍しく不機嫌である。
津川君、恐る恐る訊いてみた。

「あの…先生、何やら朝から苦虫が口中に満ちておられるようで」

「ん?洒落た事を言うね。さすが、結婚が決まった男ともなると違うなぁ」

事実であった。
結局、津川君は例の彼女と来月末に夫婦の契りを結ぶことになっていた。
熱にうなされたか、はたまた悪魔に魅入られたか、仲人を立川先生に頼む
等という暴挙を侵すらしい。

立川先生は胡座をかいたまま、ゴトゴトと振り向いた。
器用なことではある。
「ふむ。この苦虫には理由がある。津川君、きみ、丑の刻参りと
いうのを知ってるか」

これはまた、時代掛かった事を言い出した。


二へ