昌美は、いつものように渋谷駅で降りた。
バイト先のファーストフード店に向かう。
昨日、彼と喧嘩してしまって、泣きながら
寝てしまったから目が重い。
ついでに足取りも重い。

夢を追いかける為に東京へ出て来たのが三年前。
相変わらず、暮らしていくのが精一杯だ。
東京の街は、手に入らない物が無い。
それは逆に言うと、欲しい物で溢れているということだ。
夢の糸口も、そこかしこに転がっている。
だが、その糸を掴もうとする人も多い。

(なんだろ。疲れてんのかな、あたし)
このまま、この街で夢を追いかけていけるのだろうか。
故郷がやたらと懐かしく思える。
とうとう、昌美はベンチに座りこんでしまった。
目の前を通り過ぎていく人達をぼんやりと見つめる。
一人一人に背負ってきた過去があり、求めていく未来がある。

(どうしようかな…バイト休んじゃおうかな…)
携帯を取り出し、店の番号を表示する。
通話ボタンを押そうとしたその時。
昌美の前に一人の男が立った。

(デカっ!)
大きな男だ。
おそらく、180cm以上ある。
渋谷でよく見かける華奢な若者達と異なり、
岩の塊が動いているようだ。

(まるっきり、都会に出てきた熊ね)
昌美は思わず微笑んでしまった。
男は大きな鞄を肩から下げている。
見るからにお上りさん丸出しである。

「お。やっと見つけた」
言葉に関西の訛りがある。
昌美は男から目が離せなくなった。
強烈な引力があるのだ。
男はニンマリと微笑むと、ハチ公に向かって歩き出した。
いつの間にか、携帯を取り出している。
人目を気にすること無く、写真を撮り始める。
そのうち、何事か言いながら、ハチ公の頭を撫で始めた。
大変に危ない光景なのだが、熊男は堂々と続けている。

(何を言ってるのかな?)
昌美は思い切って近づいてみた。
男は、こう言っていた。

「君がハチ公くんか。よく頑張ったなぁ。えらいえらい」

本気で褒めているのだ。
昌美は、声を出して笑ってしまった。
笑ったことで、憂鬱だった心が晴れた。
男は満足したようだ。センター街の方へ歩いて行く。
昌美も携帯を仕舞うと、元気良く歩き出した。
何だか、自分の頭が撫でられた気がする。
そう思ったら元気が出てきた。

「おはようございまーすっ!」

「お。今日も元気だね、昌美ちゃん」

「へへ。頭、撫でられましたからね」

「はぁ?」

「こっちのことです。あ!」
昌美の目の前をあの熊が通り過ぎて行った。
駅の方へ向かうようだ。

(山に帰るのかな…ありがと、熊さん)
昌美は、カウンターの下で小さく手を振った。