村人は心配したが、
どうしようもない。
幸は多額の褒美を
受け取り、
散々遊んだあげく、
男に刺されて死んで
しまった。
村人は罰が当たった
のだ、と噂し合った。

梅が散り、桃の花も
散った頃。

ほとんど幽鬼のように
痩せ衰えた太吉の元に
突然、桜が帰ってきた。

「桜。桜か!おまえ、
よく戻ってこれた…」

言葉も無くただ
抱き合う二人。

ようやく己の手に
戻ってきた桜を
抱きしめながら、
太吉は気づいた。

「桜、そうか。
そんなにまでして
戻ってきてくれた
のか。」

桜には影が無かった。
そしてその胸には、
自害したであろう傷跡
が残っていた。

桜はもう、この世の
ものでは無かった。

「それでもええ。よく、
戻ってくれた。」

太吉はもう一度
桜を抱きしめた。

桜は淡い光を残して
消えた。
最後まで微笑んでいた。

手の中には、桜の
花びらが残った。

太吉は、二人が初めて
出会った墓地に
向かった。

桜が満開であった。

「おらも行こう。
桜よ、どうか迎えに
来ておくれ。」
太吉は持っていた
匕首で胸を刺した。

翌日、村人達が変わり
果てた太吉の姿を
見つけた。
太吉の亡骸は、
桜の花びらに埋もれ、
にこやかに微笑んで
いた。

村人達は二人を哀れみ
その後代々、この桜を
大切に育てた。

太吉の命日には必ず、
花びらが真紅に染まる
ようになったのだという。


参考文献・
井伊家十二代目当主
井伊嘉元 著
『近江の国の桜』